「取れたて」創刊10周年記念

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数学と私

3年理系 ちなつ


1.私と数学(1年のころ)

 始めに暴露してしまうと、小・中学校時代には、数学は天敵だったのです。大して得意とする科目も無く、将来の夢もバフッとした部分しかつかめずにいました。 この花巻北高校へ(ぎりぎり首が引っかかって)入学し、始めに驚かされたものは、『日々演』とよばれる数学の復習プリントとM先生でした。日々演はとにかく毎日続けて出ていました。嫌でも何でもとりあえず毎日続けてきました。多分、毎日数学にふれているということが、私を数学へと導くきっかけになっていたのです。

 M先生はかなり個性的です。私が出会った先生の強烈部門の第2位に入るくらいスゴイ先生です。3年たった今でもそのスゴさは変わりません。先生の授業は今までの数学の授業とは全く違うように感じられました。横道にちょっとそれて話す数学の話を、私たちは目をキラキラさせて聞いていました。

 また、一見私たちの生活と無関係に見える数学が、以外にも自分たちの生活に関わりあることを知った私は数学と自分の世界がつながり、広くなっていくのを感じ、うれしく思いました。そして、2年生へと上がる前の進路希望では全く考えていなかった理系へと進むことを決意し、進んだのです。

2.文化祭(2年のころ)

 理系に進んで半年、私は夏休み少し前くらいから文化祭の数学展示作品(?)を作成していました。数学が楽しくなってきたとはいえ、いきなり「これをやってみろ。」と出されて何をやったらよいのか分かりませんでしたが、とりあえず実験から初めてみました。塩と厚紙でいろいろな図形を描くというもので、数学VCを勉強していなかった私はとにかく不思議で仕方ありませんでした。(VCで学習する曲線がたくさんあった。)

私は吹奏楽部もやっていて文化祭で演奏発表することになっていたので、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしてばたばたしていて、結局、証明には達しませんでした。

 しかし私と塩との関係はこれでは終わりませんでした。2年生の冬、数学Cを学習していたある日、放物線についての学習内容と、塩の実験の厚紙の切り口の構造について重なるものをみつけたのです。証明が出来上がっていく過程には苦労や疑問があったのですが証明が出来上がると、私の中には喜びでいっぱいでした。


3.文化祭(3年になって)

 しかし一つの証明を仕上げ、満足感に浸っていた私は、別の課題を渡されたのです。それが『多面体の表面で円を描くと』という題で書いた話です。まだ誰も挑戦したことがない(らしい)話のようで、0からのスタートでした。

 計算を進めていくうちに、各頂点における不足分の和が720°になっているということを発見したのです。誰も発見したことがない(だろう)事を見つけてしまいました。そのときの私は異様にテンションが高かったと思います。帰りの車の中で母親に話、家に着いたら他の家族に話、自分の部屋で学習している時も多面体が浮かんでくる有様でした。生まれてはじめて自分から数学を学んだような気がします。

 そして、文化祭での冊子が完成し、たくさんの人にみてもらうことができたのです。その時は嬉しさと恥ずかしさでいっぱいでした。一人でも多く私の話をわかってもらえたら幸いです。


4.終わりに

 数学愛好会の活動に参加して2年になりますが、分かったことは数学の難しさと楽しさです。そして数学は私が思っていた以上に深く広いものだということです。もっともっと数学と仲良くお付き合いしていきたいと思う私でした。




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